士業事務所のAI活用|守秘義務の線引きと研修会社に依頼する作業
この記事の要点
- 入力の線引きは、士業ごとの守秘義務の条文と情報の3区分で決める
- 学習に使わない設定だけでは不十分。契約と権限の確認項目は本文に
- 研修はルール作成と職員の練習に分けて依頼すると見積もりを比べられる
士業事務所でAIを活用するときは、ツールを選ぶより先に「お客様の情報をどこまでAIに入力してよいか」を事務所のルールとして決めます。守秘義務は士業ごとの法律で定められていて、士業によっては事務職員の秘密の扱いについても規定があります。所長だけが理解していても足りないため、ルールづくりと職員研修はセットで進めます。
税理士・社会保険労務士・司法書士・行政書士・弁護士の事務所で、AIの導入を判断する所長・代表の方に向けた記事です。読み終わる頃には、入力してよい情報の区分と、研修会社に依頼する作業・事務所が行う作業を決められる状態を目指します。
AIツールの操作方法は扱いません。職員にAIを教える順番はAI業務効率化を社員に教える順番で解説しています。
Contents / 目次
士業のAI活用は、守秘義務の条文と情報の3区分から決める
士業事務所でAIを使うときに最初に決めるのは、「どの情報を、どの契約のAIに入力してよいか」です。判断の土台になるのは、各士業の法律にある守秘義務の条文です。
| 士業 | 守秘義務の根拠 | 条文の要点 |
|---|---|---|
| 弁護士 | 弁護士法第23条 | 職務上知り得た秘密を保持する権利と義務(弁護士でなくなった後も) |
| 税理士 | 税理士法第38条 | 正当な理由なく、税理士業務に関して知り得た秘密を漏らし、窃用してはならない |
| 社会保険労務士 | 社会保険労務士法第21条 | 正当な理由なく、業務に関して知り得た秘密を漏らし、盗用してはならない |
| 司法書士 | 司法書士法第24条 | 正当な事由がなければ、業務上取り扱った事件について知ることのできた秘密を漏らしてはならない |
| 行政書士 | 行政書士法第12条 | 正当な理由なく、業務上取り扱った事項について知り得た秘密を漏らしてはならない |
各条文の原文は、e-Gov法令検索の弁護士法・税理士法・社会保険労務士法・司法書士法・行政書士法のページで確かめられます。
弁護士法第23条の本文は「弁護士又は弁護士であつた者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。」です。
職員の秘密の扱いについては、次の規定があります。
- 税理士:税理士法第54条が、税理士の使用人その他の従業者に秘密を守る義務を定めています
- 弁護士:弁護士職務基本規程第19条が、弁護士が事務職員などに、法律事務所の業務に関して知り得た秘密を漏らしたり利用したりしないよう指導・監督することを定めています
- 社会保険労務士:社会保険労務士法第27条の2が、開業社会保険労務士・社会保険労務士法人の使用人その他の従業者に秘密を守る義務を定めています
- 行政書士:行政書士法第19条の3が、行政書士・行政書士法人の使用人その他の従業者に秘密を守る義務を定めています
司法書士法の第24条は、司法書士本人の秘密保持の義務です。司法書士事務所の職員の扱いは、所属する司法書士会の会則で確かめてください。
AIへの入力がそのまま「漏らす」に当たるかどうかは、条文には書かれていません。解釈は所属する士業の会の指針や通知で確かめ、事務所としては次の3区分で運用するのが安全です。
| 区分 | 情報の例 | AIへの入力 |
|---|---|---|
| A 入力しない | マイナンバー、口座番号、実名入りの相談記録、申告書・登記書類の原本データ | どの契約のAIにも入力しない |
| B 置き換えてから入力 | 相談の論点、契約書・就業規則の条文、顧問先へのメールの下書き | 名前・金額・日付・地域を置き換え、事務所が契約したAIだけに入力 |
| C そのまま入力してよい | 公開されている法令・通達、事務所のお知らせ文、顧客情報を含まない職員向けマニュアル | 入力してよい。出力の事実確認は必要 |
個人情報保護委員会も2023年6月の「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」で、個人情報を含む指示文(プロンプト)を入力するときは、特定した利用目的の達成に必要な範囲内かを十分に確認するよう求めています。区分Bの「置き換えてから入力」は、この確認を職員が毎回迷わず行うための決まりです。
職員が個人のアカウントでAIを使い始めていて、入力してよい情報がまだ決まっていない場合は、経営者と社員で考えるAI活用研修で、入力した情報がAIのサービス側でどう扱われるかを所長と職員が一緒に学んでから、事務所のルールを決める進め方もあります。
この章の結論。条文の早見表で「何が秘密に当たるか」を確かめ、3区分の表で「どこまで入力するか」を決めれば、職員に伝えるルールの骨組みができます。
守秘義務の線引きを事務所ルールにする4つの手順
事務所ルールは、業務の洗い出し、AIの契約の確認、匿名化の型、確認担当の4つを決めれば運用できます。
ステップ1。AIを使いたい業務を書き出し、区分を付ける
職員に「AIで楽にしたい業務」を1人3つずつ挙げてもらい、一覧にします。それぞれに区分A〜Cを付けると、すぐ使える業務と、置き換えの手間がかかる業務が分かれます。
- 顧問先へのお知らせ文・法改正の案内:区分C。最初に試す業務に向いています
- 相談メールへの返信の下書き:区分B。名前と金額を置き換えてから入力します
- 契約書・規程の条文の点検:区分B。当事者名と固有の条件を置き換えます
- 面談の録音の文字起こし:お客様の発言がそのまま入るため区分A。AIには入力しない
ステップ2。使うAIの契約と設定を確かめる
入力が学習に使われない設定にしても、データはサービスの事業者に送られ、事業者のもとに保存されることがあります。保存の期間と条件は、各サービスの規約で確かめます。設定だけでなく、契約の条件と管理の仕組みまで確かめます。
- プラン:事務所名義の法人向けプランか。職員の個人アカウントは業務で使わない
- 学習の設定:入力が学習に使われるかどうかの設定。設定項目の名前と表示される位置は、各サービスの更新で変わるため、設定するときに各サービスの公式ヘルプで確かめます。
- 保存と削除:会話履歴の保存期間と、削除を求められるか
- 管理:退職した職員のアカウントを事務所側で止められるか
- 保存先:データを保存する国と委託先。個人情報保護法の「外国にある第三者への提供」に当たるかの確認に使う(考え方は個人情報保護委員会のQ&A 12-3)
プランごとの違いはAIの法人プランと個人プランの違いで詳しく解説しています。
ステップ3。匿名化の書き換えの型を決める
名前を消しただけでは、地域・業種・日付・金額の組み合わせで顧客が分かることがあります。置き換える項目を事務所で固定し、書き換え例を職員に配ります。
【置き換える前(入力しない)】
株式会社〇〇建設(〇〇市)の山田社長から、2026年9月30日付で退職した
従業員の佐藤さん(月給32万円)の未払い残業代について相談があった。
【置き換えた後(区分Bとして入力してよい)】
建設業の法人(従業員30名程度)から、退職した従業員の未払い残業代について
相談があった。月給制、在職期間は約3年。論点を3つに分けて挙げてください。
確認が必要な事実は、質問の形で最後に列挙してください。
【置き換える項目】
会社名・個人名 → 業種と規模/住所 → 書かない/日付 → 「約〇年」
金額 → 「月給制」などの種類か、端数を丸めた金額
ステップ4。AIの出力を確認する担当と記録を決める
AIの回答は、専門家の判断の代わりにしません。条文番号・施行日・期限は、e-Gov法令検索や国税庁など一次情報で照合してから使います。顧問先に送る文書は、有資格者が確認してから送信します。
ルールは次のひな形を出発点にして、事務所の業務に合わせて書き足してください。
〇〇事務所 AI利用ルール(第1版・〇年〇月〇日)
1. 業務で使うAIは、事務所が契約した[サービス名・プラン名]だけとする
2. 区分Aの情報(マイナンバー、口座番号、実名入りの相談記録、原本データ)は入力しない
3. 区分Bの情報は、置き換えの型に沿って書き換えてから入力する
4. AIが示した条文・数字・期限は、一次情報で照合してから使う
5. 顧問先に送る文書は、[有資格者の氏名]が確認してから送信する
6. 判断に迷った入力は、入力する前に[相談先の担当者]に聞く
7. 利用記録(日付・業務・区分・確認者)を[保存先]に残す
この章の結論。4つの手順のうち、職員が毎日使うのはステップ3の書き換え例とステップ4の確認担当です。この2つが具体的に書かれていれば、ルールは運用できます。
職員研修を外部に依頼する作業と、事務所が行う作業
職員研修で外部に依頼できるのは、AIの仕組みの説明、演習の設計、職員の練習の補助までです。守秘義務に関わる判断と、ルールの最終決定は事務所に残ります。
| 作業 | 研修会社に依頼できること | 事務所が行うこと |
|---|---|---|
| AIの仕組みと誤りの起き方の説明 | 講義の全体 | 受講者の決定 |
| 事務所の業務を題材にした演習 | 演習の設計 | 題材の業務を選び、置き換え済みの例文を用意する |
| 情報の区分 | 区分の案の作成 | 条文と会の指針に照らした最終決定 |
| ルール文書 | ひな形の作成 | 事務所の業務に合わせた修正と承認 |
| 研修後の定着 | 質問対応・振り返りの回 | 利用記録の確認 |
研修の費用が変わる5つの条件
研修の見積もりは、次の5つで大きく変わります。複数の会社に見積もりを依頼するときは、5つの条件をそろえて伝えると金額を比べられます。
- 受講人数と回数
- 対面かオンラインか(対面なら講師の移動費)
- 事務所の業務を題材にするか(事前の聞き取りと教材づくりの工数)
- ルール文書のひな形まで含むか
- 研修後の質問対応や振り返りの回があるか
契約前に研修会社へ確認する質問
- 演習の題材:事務所の実際の相談記録を使わずに演習を組めるか
- 秘密保持:研修中に講師が知った情報について、秘密保持契約を結べるか
- アカウント:演習で使うAIは事務所のアカウントか。講師の個人アカウントに職員が入力しないか
- 条文の説明:守秘義務や士業法に触れる場合、説明の出典は何か
- 資料の扱い:研修資料を事務所の新人教育に使い続けてよいか
助成金を使うなら、事務所の訓練計画として確かめる
人材開発支援助成金は、事業主が計画を立てて従業員に受けさせる訓練を対象にしています。訓練には、事業主が自ら企画・主催する事業内訓練(外部の講師を招く場合も含む)と、教育訓練機関が企画・主催する講座を受ける事業外訓練があります。
対象になる訓練の時間、計画届の提出期限、対象外になる訓練はコースや年度で変わります。厚生労働省の人材開発支援助成金のページにある、その年度のコース別のパンフレットで確かめてください。
確かめるときは、次の3点を事務所の研修計画に当てはめます。
- 訓練時間:コースが求める時間数を、研修の回数と時間で満たすか
- 計画届:訓練を始める日から逆算して、提出の期限に間に合うか
- 訓練の内容:研修の内容が、コースの対象外とされる訓練に当たらないか
研修会社に「対象になるか」を聞くのではなく、事務所の計画が要件に合うかを労働局に確かめてください。
条件と申請の流れはAI研修の助成金の条件と申請の流れで解説しています。
研修のあとで、相談メールの返信の下書きなど1つの業務をAIで仕組みにしたい場合は、AI導入支援の1業務実装パックで、職員が使う業務専用の入力画面と手順書まで作る進め方もあります。
この章の結論。研修会社には説明と演習を、事務所には区分の決定と出力の確認を割り当てます。この分け方で見積もりを依頼すれば、どの会社の提案に何が含まれていないかを比べられます。
士業事務所のAI活用がうまくいかない条件
士業事務所のAI活用は、匿名化・契約・出力の確認・ルールのどれか1つが欠けると止まります。どれも、AIの性能ではなく事務所の決め方で防げます。
顧問先が少ない地域で、名前だけを消して入力する
顧問先が地域の限られた業種に集中している事務所では、「〇〇市の建設業で、従業員30名、9月末に退職」と書くだけで顧客が分かることがあります。ステップ3の書き換えの型のとおり、住所は書かず、日付は「約〇年」に置き換えます。業種と規模は残してよい代わりに、地域と具体的な日付は必ず消す、と型に明記して防ぎます。
AIが示した条文番号や期限を、そのまま顧問先に伝える
税務や労務の制度は改正が多く、AIは古い条文番号や改正前の期限をもっともらしく示すことがあります。顧問先への回答に使う数字は、一次情報で照合した記録を残してから送ります。生成AIの誤りが起きる理由と減らし方は生成AIのハルシネーションはなぜ起きるかで解説しています。
研修だけ受けて、事務所ルールを作らない
研修で使い方を覚えても、入力してよい情報が決まっていなければ、職員は判断に迷って使わなくなるか、個人のアカウントで使い始めます。研修の契約と同時に、ルール文書の完成日を決めておきます。
契約書のAIレビューサービスを、提供条件を見ずに選ぶ
契約書の点検にAIサービスを使う場合、法務省「弁護士法(その他)」のページに、令和5年8月に公表された「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」と、これを補う令和8年8月の「ビジネス分野におけるAI等法務業務支援サービス提供と弁護士法第72条の関係について」が掲載されています。どちらもサービスを提供する事業者に向けて、サービスの提供が弁護士法第72条(弁護士でない者による法律事務の取扱いの禁止)に触れるかどうかの考え方を示した文書です。事務所がサービスを選ぶときは、提供条件が同条に触れない形になっているかを確かめる材料になります。入力したデータの扱いは、ステップ2の確認項目で確かめます。
この章の結論。うまくいかない原因の多くは、書き換えの型・照合の記録・ルールの完成日が決まっていないことです。研修を依頼する前に、この3つを誰が決めるかを決めておきます。
士業のAI活用でよくある質問
顧問先に「AIを使っています」と伝える必要はありますか?
伝えるかどうかは事務所の方針で決めます。区分Bの情報を置き換えて入力するなら、顧問契約書や委任契約書に外部サービスを使うことと情報の扱いを書いておくと、質問されたときに根拠を示して説明できます。
職員が3〜5人の小さな事務所でも、研修は外部に依頼したほうがいいですか?
所長がルール文書を書き、職員の質問に答える時間を取れるなら、事務所の中で教えても足ります。どちらかが難しい場合や、職員がすでに個人のアカウントで使っている場合は、外部に依頼したほうが早く決まります。
申告書や登記の書類づくりをAIに任せられますか?
任せられるのは、説明文の下書きや記載の抜けの点検の補助までです。原本のデータは区分Aなので入力しません。書類の内容の判断と最終確認は、有資格者が行います。
無料版のAIで、公開されている法令を調べるだけなら大丈夫ですか?
法令の条文だけなら区分Cですが、職員が質問に顧問先の状況を書き足すと区分Bになります。境目を職員に毎回判断させないために、業務での利用は事務所が契約したAIに統一するほうが運用しやすくなります。
まずは、職員がいまAIを使っているかどうかを、サービス名とアカウントの種類(個人か事務所か)だけ聞いて一覧に書き出してください。ルール文書の項目をさらに詰めたい方は、生成AI社内ルールのサンプルと情報区分表が次に役立ちます。
ここまで読んで、職員への説明を事務所だけで進めるのは時間がかかると感じた方は、経営者と社員で考えるAI活用研修でご相談ください。所長と職員が一緒に、AIの仕組みと、入力した情報がAIのサービス側でどう扱われるかを学び、事務所で導入するかを検討します。事前の打ち合わせで、職員のAIの利用経験や担当業務を伺ってから研修内容を作ります。事務所のルール文書の作成は研修料金に含まないため、ご希望の場合は初回のご相談で伺います。
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