社長のAI活用|自分で試す業務と社員に任せる作業の決め方
この記事の要点
- 最初は1週間の仕事の洗い出し。試すのは下書きが成果物になる業務
- 入力しない情報を先に決める。区分表と出力の確認項目は本文に掲載
- 社員に任せるのは繰り返す作業。社長の前提を手順書に書いて渡す
社長がAIを使うときは、まず自分の1週間の仕事を書き出し、「下書きや候補が成果物になる業務」から試すのが近道です。価格や採否のような決定、取引先との約束はAIに任せず、社長が自分で確かめます。試してうまくいった業務だけを、手順書にして社員に任せます。
従業員が数名から数十名の会社で、社長自身がAIを業務に使えるか試したい方に向けた記事です。読み終わる頃には、自分で試す業務を3つ選び、入力しない情報を決め、社員に任せる作業の候補を書き出せる状態を目指します。
経営の相談相手としてAIを使う方法はAIに経営相談できることと専門家に回す相談で解説しています。この記事では、社長の仕事の洗い出しと、社員に任せる作業の決め方を中心に扱います。
Contents / 目次
社長のAI活用は、自分の仕事の洗い出しから始める
社長がAIで最初に試すのは、自分で良し悪しを判断できる下書きが成果物になる業務です。判断の結果がそのまま会社の決定や約束になる業務は、AIに材料集めを補助させるところまでにとどめます。
中小企業の経営者のAI活用は、まだ始まったばかりです。大同生命保険が全国の企業経営者5,082社を対象に行った大同生命サーベイ 2026年1月度調査(2026年2月公表)では、生成AIを「活用していない・活用したことがない」企業が62%でした。活用している企業の用途は「文書、資料作成」が71%で最も多くなっています。
一方で、使う社長は増えています。パーソル総合研究所「AI環境における人材とマネジメントに関する定量調査」(2026年7月公表)によると、正規雇用者のうち役職が「代表取締役・社長相当」の人の生成AIの業務利用率は、2025年10月の調査の40.2%から2026年5月の調査では57.5%に上がりました。正規雇用者全体の利用率は41.9%から54.3%です。
大同生命の調査の監修者である神戸大学経済経営研究所の柴本昌彦教授は、調査レポートのコメントで次のように述べています。「社内文書、マニュアル、メール雛形など『身近な定型業務で成功体験を積む』ことが重要です。」
社長の業務を、AIとの関わり方で3つに分けると次のようになります。
| 区分 | 業務の例 | AIに任せる部分 | 社長が確かめる部分 |
|---|---|---|---|
| 社長が自分で試す | 社内向けの方針の文章、取引先へのメール、資料の要約、会議の論点出し | 下書き、要約、論点の候補 | 事実、言い方、約束が入っていないか |
| 試したあと社員に任せる | 社内向けの定型の連絡、議事録、日報の集計など、社外に直接届かない作業 | 毎回同じ形の下書き | 手順書と確認の担当者を決め、月1回結果を見る |
| AIに決めさせない | 価格・採否・人事評価の決定、取引先との約束、金融機関や税務に出す最終の数字 | 材料集めと論点の候補まで | 決定と責任は社長が持つ |
この章の結論。社長のAI活用は、ツール選びより先に「自分の仕事のうち、どれが下書きで済むか」を見分けることから始まります。
社長が自分でAIを試す4ステップ
社長が自分で試すときは、仕事の書き出し、業務の選定、入力しない情報の決定、出力の確認の順に進めます。ツールはChatGPT・Gemini・Claudeのどれでも試せます。
ステップ1 1週間の仕事を書き出す
カレンダーと手帳を見ながら、先週の仕事を1行ずつ表に書き出します。社長の仕事は会議や移動に紛れて見えにくいので、「何を見て、何を作ったか」まで書くのがこつです。記入例は次のとおりです。
| 業務 | 週の時間 | 使う材料 | 成果物 | 社外秘の度合い | AIで試すか |
|---|---|---|---|---|---|
| 朝礼で話す内容 | 30分 | 先週の数字、自分のメモ | 話す原稿 | 低い | 試す |
| 取引先へのお礼・依頼メール | 2時間 | 打ち合わせのメモ | メール文 | 中(社名を伏せる) | 試す |
| 業界の資料の読み込み | 2時間 | 公開された資料 | 要点のメモ | 低い | 試す |
| 見積もりの最終判断 | 1時間 | 原価、過去の見積もり | 金額の決定 | 高い | 試さない |
| 採用面接 | 2時間 | 履歴書 | 採否 | 高い(個人情報) | 試さない |
ステップ2 自分で試す業務を3つ選ぶ
業務の一覧表から、次の4つの条件をすべて満たす業務を3つ選びます。
- 成果物:文章や候補の一覧など、下書きから仕上げられるもの
- 判断:出てきた文の良し悪しを、社長が自分で判断できる
- 情報:社外秘の部分を伏せても、依頼の内容が成り立つ
- 頻度:週に2回以上あり、試す機会が多い
次の業務は、週に何度もあるものではないため、最初に試す3つには入りません。4つの条件で選んだ業務に慣れたあと、時期が来たら取り組む業務です。それぞれの記事で手順を詳しく解説しています。
- 事業計画書の下書き:事業計画書をAIで作成する手順と経営者が決める数字
- 資金繰り表の点検:資金繰り表をAIで見直すときに入力してよい数字
- 式典や登壇の原稿:登壇スピーチ原稿をAIで作る手順
ステップ3 入力しない情報を先に決める
試し始める前に、AIに入力する情報を3つに区分しておきます。社長が入力した情報の種類は、社員に広げたときに「入れてよい情報」の基準として受け取られるためです。
| 区分 | 情報の例 | 扱い |
|---|---|---|
| 入力してよい | 公開済みの会社案内、自分の考えのメモ、一般的な質問 | そのまま入力する |
| 置き換えて入力 | 取引先名、社員名、具体的な金額 | 「A社」「担当者B」、概数に置き換える |
| 入力しない | お客様や社員の個人情報、秘密保持契約の対象の情報、未公表の人事や取引、パスワード | AIに入力しない |
法人向けのプランで入力が学習に使われない設定でも、取引先との秘密保持契約が第三者への提供をどう定めているかは、契約書で確かめる必要があります。判断の仕方はChatGPT業務利用のリスクと取引先情報の線引きで解説しています。
IPAの情報セキュリティ10大脅威 2026では、組織編の3位に「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初めて入りました。解説書[組織編]の3位の項目(16ページ)は、職場が従業員の個人アカウントによるAIの業務利用を認識できないこともリスクに挙げています。社長が個人のアカウントで始める場合も、会社として利用状況を確かめられない点は同じです。
社員がすでに個人でAIを使い始めていて、入力してよい情報がまだ決まっていない場合は、経営者と社員で考えるAI活用研修で、社長と社員が一緒に情報の扱い方を決める進め方もあります。
ステップ4 出てきた文を確かめる
AIへの指示は、出発点の下書きとして次のような短い文で十分です。出力の形と、入れてはいけないことだけは必ず書きます。
あなたは中小企業の社長の補佐役です。
次のメモをもとに、[取引先へのお礼メール/社内向けの方針の文章]の下書きを作ってください。
・読む人:[例 A社の担当課長]
・伝えること:[打ち合わせで決まったことを3行で]
・入れてはいけないこと:値引き、納期の約束、メモに無い事実
・形式:400字以内、です・ます調
分からない点があれば、下書きの前に質問してください。
あとはAIとやり取りしながら、自社の言い方に合わせて詰めていきます。出てきた文は、送る前に次の4点を確かめます。
- 数字と固有名詞:日付・金額・社名・人名を、元のメモと1つずつ照らす
- 足された約束:値引き、納期、謝罪など、社長が言っていないことが入っていないか
- 言い切り:読み手が誤解するほど強い表現になっていないか
- 出典:AIが根拠を示したときは、そのページを開いて内容を確かめる
この章の結論。試す業務は「下書きで済む・自分で判断できる・伏せても成り立つ・頻度が高い」の4条件で選び、入力しない情報を決めてから使い始めます。
社員に任せる作業の決め方。社長の前提を手順書に書く
社員に任せてよいのは、社長が何度か試して、確認する点を言葉にできた作業だけです。社長自身がうまく使えていない作業を任せても、担当者は何を基準に修正すればよいか分かりません。
| 判断軸 | 任せてよい | まだ任せない |
|---|---|---|
| 繰り返し | 週に数回以上あり、毎回同じ形 | 月1回以下で、毎回内容が違う |
| 確かめ方 | 確認する点を3〜5項目に書ける | 社長の経験でしか判断できない |
| 誤ったときの影響 | 社内で気づいて止められる | 取引先やお客様に直接届く、金額や契約に関わる |
任せるときは、指示文と一緒に「社長が頭の中で補っていた前提」を渡します。パーソル総合研究所の同じ調査で、生成AIを業務に使っている正規雇用者3,000人に、AIを使うときの業務の課題を聞いた設問では、「欲しい回答を得るために、指示を何度も出し直すことがある」が49.7%、「業務の前提や背景を、生成AIに入力するのが負担である」が38.0%で、この2つが上位でした。
調査は、こうした課題が起きる原因までは示していません。ここからは調査結果ではなく推測ですが、前提を担当者が毎回考えて入力する形では、指示の出し直しも、前提を入力する負担も増えやすいと考えます。
手順書は、次のひな形を1業務につき1枚作ります。
【業務名】社内会議の議事録の下書き
【頻度】週3回ほど
【使うAI】会社が契約したサービス(個人のアカウントは使わない)
【AIに渡すもの】会議のメモ、議題、出席者の役職(名前は役職に置き換える)
【渡さないもの】取引先との具体的な金額、社員の評価や人事に関わる発言、個人の連絡先
【社長が書いた前提】決まったことと次の担当者を先頭に書く。結論が出なかった議題は「持ち越し」と書く。
【確認する担当者】共有する前に会議の進行役。決まっていないことが「決定」と書かれていたら社長に回す
【記録】修正した箇所を週1回、共有のシートに1行書く
効果を確かめるには、任せる前の時間を記録しておきます。仮に、議事録1本の作成に30分かかり週3本書いているなら週90分です。AIの下書きを確かめて共有するのが1本10分になれば、週60分が浮く計算です。測り方はAI業務効率化の削減時間の測り方で解説しています。
この章の結論。社員に任せる作業は、繰り返し・確かめ方・誤ったときの影響の3つで選び、社長の前提を手順書の1欄として書き出してから渡します。
社長のAI活用でつまずく条件と防ぎ方
社長のAI活用でつまずくのは、社長の使い方がそのまま会社の決まりとして広がる場面です。次の4つは、社長が始めるときに特有の失敗です。
社長が個人アカウントのまま社員に勧めると、入力のルールが無いまま広がる
社長が自分のスマホの個人アカウントで試し、「便利だから使っていいよ」と社員に伝えると、各自が個人アカウントで業務の情報を入力し始めます。会社は、だれがどの情報を入力したかを確かめられません。
社員に勧める前に、会社として使うサービスと入力しない情報を決め、未許可の個人アカウントでの業務利用は認めないと伝えます。進め方はシャドーAI対策の3ステップで解説しています。
指示文だけを渡すと、担当者の下書きが社長の意図とずれる
社長がうまくいった指示文を、そのまま担当者に渡す場合です。社長は相手との経緯や言ってはいけないことを頭の中で補って、出力を判断していました。担当者はその前提を知らないので、同じ指示文でも合格の基準が違ってきます。手順書の「社長が書いた前提」の欄に、補っていた内容を書き出してから渡します。
社長がAIの分析結果を会議に出すと、数字の誤りを指摘しにくくなる
社長が「AIで分析したらこうだった」と会議で数字を示すと、元の資料を確かめないまま議論が進みます。社長の発言なので、担当者は誤りに気づいても言い出しにくくなります。AIで出した数字を会議に出すときは、元の資料と、どこを確かめたかを一緒に出す決まりにします。
社員の評価コメントにAIを使うなら、本人への伝え方を先に決める
評価面談の前に、社長が評価コメントの下書きをAIで作る場合です。AIが書いた文をそのまま評価に使うと、本人は何を根拠に評価されたのかが分からなくなります。評価の根拠は、社長が自分で確かめた仕事の事実にします。AIを使うなら、使ったことを本人に伝えるか、伝えるならどう説明するかを、面談の前に決めておきます。
この章の結論。社長の使い方は社員の手本になるので、アカウント・前提・数字の根拠・評価への利用の4点は、社員に広げる前に決めておきます。
社長が試す業務と、会社として仕組みにする業務
社長が1人で回してよいのは、自分が書く文章と、自分が判断に使う下書きまでです。社員にも広げる業務、毎月くり返す業務、複数の担当者が同じ情報を入力する業務は、会社の仕組みとして作ります。
仕組みにするときに決めるものは、次の4つです。
- 担当者が毎回同じ項目を入れられる入力フォーム
- AIに渡すもの・渡さないもの・社長の前提を書いた手順書
- 出力を確かめる担当者と、社長に回す条件
- 修正した箇所と使った時間の記録
1つの業務を選んで、AIが行う作業と担当者が確かめる作業に分け、入力フォームと社員向けの手順書まで作りたい場合は、AIに任せる業務の洗い出しの相談から進めることもできます。社内に詳しい担当者がいない会社でも、社長が試した業務を出発点にできます。
社長のAI活用でよくある質問
社長が忙しくて、AIを試す時間が週に1時間も取れないときは?
業務の一覧表の書き出しは総務や秘書に任せ、社長は試す業務を1つだけ選びます。毎週必ず書いている朝礼の原稿や社内向けの連絡が向いています。新しく時間を取るより、いつも書いている時間の中でAIの下書きを確かめるほうが続けやすくなります。
社長が試すAIは、無料のプランでも大丈夫ですか?
公開済みの情報や一般的な質問だけなら試せます。取引先や社員の情報を入れるなら、会社として契約する法人向けプランにし、入力が学習に使われない設定かを確かめてください。プランの違いはAIの法人プランと個人プランの違いで解説しています。
社長らしい言い回しに、AIの下書きを合わせられますか?
過去に自分が書いた文章を何本か一緒に渡し、「この言い回しに合わせて」と指示すれば近づきます。ただし語尾や決まり文句はずれることがあるので、送る前の確認は欠かせません。
社長が試して「AIは使えない」と感じたら、やめるべきですか?
選んだ業務がAIに合っていない場合があります。下書きの修正に、自分で書くより長い時間がかかる業務は外し、業務の一覧表から別の業務を選び直します。試す前と後の時間を記録しておくと、合わない業務を早く見分けられます。
まずは今週のカレンダーを開き、AIに下書きを任せられそうな予定を3つ書き出してみてください。最初の1業務を点数で選びたい方は、中小企業が最初の1業務を選ぶ採点表も参考になります。
社長が試した業務を、担当者が毎回同じ手順で使える形にするところで止まっている方は、お話を聞かせてください。どの作業をAIに任せ、どこを担当者が確かめるかを一緒に洗い出し、1つの業務を仕組みにするAI導入支援で入力フォームと手順書まで作ります。いまの状況を伺うだけでも大丈夫です。
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