製造業のAI導入事例の読み方|工程別の活用例と外部に依頼する作業
この記事の要点
- 事例は工程と前提のデータで読む。効果の数字は最後に確かめる
- 依頼先は工程とAIの種類で分かれる。合否の判断は社内に残る
- 事例どおりにいかない条件は4つ。契約前の質問8つを本文に掲載
製造業のAI導入事例は、効果の数字より先に「どの工程の話か」と「導入前にどんなデータがそろっていたか」を読むと、自社で使えるかどうかを判断できます。外観検査や予知保全のように機器とデータを用意するところから始まる活用と、技術文書や見積もりのように生成AIで始められる活用では、依頼先も費用の決まり方も違います。
従業員数十人規模の製造業で、AI導入を外部に相談するか検討している経営者・役員の方に向けた記事です。読み終わる頃には、他社の事例から自社で試す工程を1つ選び、依頼先に確認する項目まで決められる状態を目指します。
最初に取り組む業務の選び方は製造業のAI導入の課題と最初の業務の選び方で解説しています。この記事では、工程別の活用例の一覧と、企業名と経緯が公表されている事例2件(外観検査と設備保全)を使った読み方、自社への当てはめ方、外部に依頼する作業を扱います。
Contents / 目次
製造業のAI導入事例は「工程」と「前提のデータ」で読む
事例を読むときは、どの工程で使われたAIかと、導入前にどんなデータがそろっていたかの2点を最初に確かめます。同じ「AI導入」でも、工程によって必要なデータ、機器、依頼先がまったく違うためです。
主な工程ごとの活用例と、事例の前提になりやすいものを表にしました。表の活用例は、各工程でよく使われる使い方をまとめたものです。企業名と経緯が公表されている事例は、表のあとで外観検査の1件、次の章のステップ1で設備保全の1件を取り上げます。
| 工程 | AIの使い方の例 | 事例の前提になりやすいもの | 主な依頼先 |
|---|---|---|---|
| 企画・設計 | 過去の図面や仕様書を探す、設計変更の影響の洗い出しの下書き | 図面・仕様書が電子データで残っている | 生成AIの導入支援、CAD・設計管理システムのベンダー |
| 見積もり | 過去の案件を参照した見積もりのたたき台 | 過去の見積書と実績の原価が1か所にある | 生成AIの導入支援、販売管理システムのベンダー |
| 製造(外観検査) | カメラの画像から傷・汚れ・欠けを判定 | 良品と不良品の画像、照明や位置を一定にできる設備 | 画像検査のベンダー、設備メーカー |
| 設備保全 | 稼働データから故障の兆候を見る、故障時の対処を探す | センサーや稼働記録、保全記録 | 設備メーカー、IoT・AIのベンダー |
| 生産管理 | 需要の予測、生産計画のたたき台 | 受注・出荷の実績データが数年分 | 生産管理システムのベンダー |
| 品質・技術伝承 | 不具合報告や作業標準から答えを探す | 報告書・手順書が文字で残っている | 生成AIの導入支援 |
| 営業・事務 | 問い合わせへの返信、日報や議事録の下書き | 定型の文書とひな形 | 生成AIの導入支援、AI研修 |
外観検査・設備保全・生産管理の事例は、カメラやセンサー、システムの導入から始まることが多く、期間と費用が大きくなりやすい活用です。設計・見積もり・技術伝承・事務の事例は、社内にある文書を材料に生成AIで始められるため、機器を新しく買わずに試せます。
外観検査で企業名と経緯が公表されている事例には、キユーピーの原料検査装置があります。キユーピーのある工場では、1日あたり4〜5トンの原料を全量検査していました。キユーピーは2016年10月にAIを使った原料検査装置の開発を表明し、ブレインパッド、Googleと組んで、GoogleのTensorFlowを使って開発を進めました(Google Cloudの導入事例。2017年9月公開)。
キユーピーの事例の前提のデータは「検査する原料の画像」、体制は「食品メーカーとデータ分析の会社・Googleの協業」です。読むときは、効果の数字より先に、自社の検査品でも画像を同じ条件で撮れるかを確かめます。
製造業のAI導入率は公的統計でどう読むか
製造業の導入状況を確かめる公的な資料には、経済産業省・厚生労働省・文部科学省が2026年5月29日に公表した2026年版ものづくり白書があります。製造事業者のAI・デジタル技術の活用状況は、第1部第4章第3節「革新的なAI・デジタル技術を活用した製造業の多角化」にまとめられています。この節が引く三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査(2026年3月の報告書)では、何らかの目的でデータを取得している事業者は7割弱、取得したデータやデジタル技術を活用している事業者は約5割、活用によって効果が得られた事業者は約4割でした(図432-2)。また、デジタル技術の活用に向けた戦略を記載した事業計画について、中小企業では「策定しておらず、予定もない」と答えた事業者が半数を超えました(図431-2)。どちらもAIだけでなく、デジタル技術全体の数字です。
導入率の数字を読むときは、次の3点を確かめます。
- 何を数えているか:AIだけか、デジタル技術全体か。デジタル技術全体の割合は、AIの導入率とは別の数字です
- 誰に聞いたか:回答した企業の従業員規模。全体の割合と、自社と同じ規模の企業の割合は大きく違います
- いつ調べたか:調査の年度。生成AIは1年で使える機能が変わるため、古い調査の数字は今の状況と合いません
この章の結論。導入率が高いか低いかは、自社が導入するかどうかの判断材料になりません。事例と統計から読み取るのは、自社と同じ規模の会社がどの工程で取り組み、何でつまずいているかです。
他社のAI導入事例を自社に当てはめる4つのステップ
事例を「目的」「前提のデータ」「体制」「始め方」の4つの欄に分けて書き出し、自社の同じ欄と比べます。効果の数字は、前提がそろって初めて参考になります。
ステップ1. 事例を4つの欄に分けて書き出す
気になる事例を1つ選び、次の読み取りシートを埋めます。紙でも表計算ソフトでも構いません。
【事例の読み取りシート】
事例名・出典:
工程:(設計/見積もり/検査/保全/生産管理/技術伝承/事務)
1. 目的 :AIで何を減らしたかったか(時間/不良/属人化)
2. 前提のデータ:導入前に何がどれだけ残っていたか(画像/図面/記録)
3. 体制 :社内の誰が担当し、どこの会社と組んだか
4. 始め方 :最初に試した使い方と、途中で変えたこと
自社の場合:
1. 目的 :
2. 前提のデータ:(電子か紙か・何年分か・誰が書いたか)
3. 体制 :(担当できる社員・相談できる会社)
4. 始め方 :
ダイキン工業と日立製作所が2025年4月に発表した、設備故障診断のAIエージェントの事例で埋めると、読み方が分かります。ダイキンが蓄積した工場設備の図面を生成AIが読み取れる形(ナレッジグラフ)に変換し、保全記録などのデータと、日立の故障原因を分析する手順を組み合わせた仕組みです。試験運用は、ダイキンの堺製作所臨海工場(大阪府堺市)で2025年4月に始まりました(日立製作所のニュースリリース)。
シートに書き出すと、前提のデータは「保全記録と設備の図面」、体制は「大手メーカー同士の協業」、始め方は「1つの工場での試験運用」となります。自社に保全記録も図面の電子データも無ければ、同じ始め方はできません。一方で「保全記録だけでなく、設備の図面と故障原因を分析する手順もAIが使える形にした」という組み立て方は、規模に関係なく使える学びです。
ステップ2. 自社の記録を確かめ、足りないデータを書き出す
シートの「自社の場合」の2を埋めるために、試したい工程の記録を実際に開いて確かめます。
- 形式:電子データか、紙か、手書きの写真か
- 量:何年分、何件あるか。検査なら不良品の画像が何枚あるか
- 書き方:書いた人ごとに略語や書式がばらばらになっていないか
- 社外秘の度合い:取引先の図面や仕様が含まれていないか
ステップ3. 試す工程を1つに絞り、合格ラインを決める
PoC(本番の前に小さく試して、使えるかを確かめる検証)を始める前に、何がどうなれば合格かを数字で決めます。たとえば「見積もりのたたき台を作る時間が、今の半分以下になる」「故障時に、担当者が対処の候補を探す時間が、導入前に記録した平均の半分以下になる」のように、担当者の作業時間で書くと前後を比べられます。
ステップ4. 社外に出してよい情報を決めてから相談する
外部に相談するときは、図面・仕様書・検査画像のどれを社外に出してよいかを先に決めます。取引先との秘密保持契約で第三者への提供を禁じている情報は、AIの会社やベンダーに渡す前に契約の文面を確かめる必要があります。線引きの考え方はChatGPT業務利用での取引先情報とNDAの線引きで解説しています。
社員が個人のアカウントでAIを使い始めていて、図面や仕様書を入力してよいかがまだ決まっていない場合は、経営者と社員で考えるAI活用研修で、情報の扱いを先に決める進め方もあります。
この章の結論。事例から借りるのは効果の数字ではなく、前提のデータと途中のつまずきです。読み取りシートの「前提のデータ」が自社で埋まらない事例は、その工程から始めない判断材料になります。
外部に依頼する作業と社内に残る作業|費用が変わる内訳
依頼先は工程とAIの種類で分かれますが、どの依頼先に任せても「何をAIに任せるか」と「結果の合否を決めること」は社内に残ります。ここを決めないまま依頼すると、見積もりの比べようがありません。
自社で行う作業と依頼する作業
| 作業 | 外部に依頼できる | 社内に残る |
|---|---|---|
| 試す工程の決定 | 候補の洗い出しと比較 | どの工程から始めるかの決定 |
| データの準備 | 紙の記録の電子化、画像の撮影条件の設計 | どの記録を渡すかの判断、略語の意味の説明 |
| AIの開発・設定 | 画像検査のモデル作成、生成AIの指示や入力フォームの作成 | 出力が業務で使えるかの確認 |
| 検証 | 精度の測定、報告書の作成 | 合格ラインの決定、本番に進むかの判断 |
| 運用 | 保守、再学習、手順書の作成 | 日々の使用、結果の最終確認 |
生成AIで技術文書や見積もり、問い合わせ対応を仕組みにする場合は、AI導入支援・DX支援で、AIに任せる処理と担当者が確認する内容を決めるところから、導入後の改善まで、ご相談いただけます。
画像検査や予知保全の機器とシステムの開発は、画像検査のベンダーや設備メーカーへの依頼になります。依頼先の種類ごとの違いはITベンダー・コンサル・研修会社の比較表にまとめています。
導入前の作業時間を1週間分記録しておけば、導入後に同じ記録を取るだけで効果を比べられます。
製造業のAI導入の費用が変わる6つの内訳
金額は工程と機器の有無で大きく変わるため、見積もりは内訳ごとに出してもらいます。
| 内訳 | 一回か継続か | 膨らみやすい条件 |
|---|---|---|
| データの準備 | 一回(追加あり) | 記録が紙、不良品の画像が少ない |
| 機器(カメラ・照明・センサー) | 一回 | ラインごとに設置が要る、古い設備から信号を取る |
| 開発・設定 | 一回 | 既存の生産管理や販売管理のシステムとつなぐ |
| 検証(PoC) | 一回 | 合格ラインが決まっていない |
| 運用(クラウド利用料・保守・再学習) | 継続 | 製品や不良の種類が頻繁に変わる |
| 社内の担当者の時間 | 継続 | 見積書に出ない。窓口の担当者が決まっていない |
支援の費用の見方はAI導入の伴走支援の費用と見積もりの内訳でも解説しています。
契約前に確認する8つの質問
- 渡したデータを、ほかの顧客向けのAIの学習に使いますか
- データはどの国のサーバーに保存されますか
- 精度はどう測り、合格ラインは誰がいつ決めますか
- PoCのあと、本番の費用は別に見積もりを出してもらえますか
- 製品や不良の種類が増えたときの再学習の費用はいくらですか
- 検証の結果が合格ラインに届かないとき、どの時点で止められますか
- 解約したとき、データと作った設定は返してもらえますか
- 先方の担当者が替わったとき、引き継ぎの資料はありますか
この章の結論。見積もりを比べられるのは、任せる作業と社内に残る作業を表で分け、6つの内訳ごとに金額を出してもらったときです。8つの質問に答えられない依頼先は、本番の費用が後から膨らむ可能性があります。
事例どおりにいかない4つの条件と防ぎ方
事例の効果が自社で再現できないのは、事例の前提と自社の条件が違うときです。製造業のAI導入で起きやすい4つの条件と、防ぎ方を挙げます。
不良品が少ない工場で画像検査の事例を真似ると、学習用の画像が集まらない
品質が安定している工場ほど不良品の画像が少なく、不良品を見分ける学習に必要な枚数がそろいません。良品の画像を中心に学習して「いつもと違うもの」を拾う方式もあるため、自社の不良の種類で使えるかをベンダーに試してもらいます。照明とカメラの位置を先に固定し、導入初期は担当者の目視と併用する期間を決めておきます。
保全記録が略語だらけのまま技術伝承の事例を真似ると、AIが答えを探せない
書いた人ごとに略語や書式が違う記録は、AIが同じ故障の記録だと判断できません。前の章の事例でも、保全記録に加えて、設備の図面と故障原因を分析する手順をAIが使える形にしています。始める前に、次の3つを済ませます。
- 直近1年分の記録から書式をそろえる
- 略語の一覧を作る
- 熟練者がどの順で原因を考えるかを聞き取る
聞き取りの進め方はベテランのノウハウをAIに移す進め方で解説しています。
精度の合格ラインを用途で分けないと、検証が終わらない
用途によって、合格ラインの決め方が違います。
- 担当者の判断を補助する用途:故障時の対処の候補を出すような使い方は、早く現場で使って誤りを修正していくほうが進みます
- 出荷の判定に関わる外観検査:見逃しを許さない基準と、担当者の最終確認を残す手順が必要です
用途ごとに合格ラインを分けないと、どちらの基準でも決めきれず検証が続きます。本番に進めない原因はPoCが本番化しない理由と全社展開までの手順で詳しく扱っています。
工程をまたぐ事例を最初から狙うと、システムをつなぐ費用が膨らむ
設計から製造、出荷までデータをつなぐ事例は、工程ごとのシステムが別々の会社のものだと、つなぐ開発だけで費用がかかります。最初は1つの工程の中で完結する使い方から始め、工程をまたぐ連携は次の取り組みに回します。
この章の結論。4つの条件のうち自社に当てはまるものがあれば、その事例の始め方は使えません。当てはまる条件を依頼先に先に伝えると、提案と見積もりの前提が自社に合います。
製造業のAI導入でよくある質問
従業員30人ほどの工場でも、大手メーカーのAI導入事例は参考になりますか
参考になるのは「どのデータをどう使ったか」と「途中で何につまずいたか」です。効果の数字は、データの量も体制も違うため、そのまま当てはめられません。機器を新しく入れずに済む、図面や見積書など社内の文書を使う生成AIの活用から比べると、自社との違いを判断しやすくなります。
製造業のAI導入に使える補助金や助成金はありますか
ツールの導入ならデジタル化・AI導入補助金(2025年度まではIT導入補助金)などがあります。要件は公募の回ごとに変わり、交付決定より前に発注した経費を対象にしない補助金が多いので、公式サイトにある最新の公募要領で確かめてください。研修の助成金の条件はAI研修の助成金の条件と申請の流れで解説しています。
画像検査AIを入れたら、目視検査の担当者はいらなくなりますか
導入初期は併用が前提です。AIが判定に迷った品の確認、新しい種類の不良の判断、判定基準の調整は担当者が行います。担当者の役割は、すべてを目で見る作業から、AIが拾った品と迷った品を確かめる作業に変わります。
予知保全のAIは、設備メーカーとAIベンダーのどちらに相談すべきですか
まず設備メーカーに、今の設備からどんな稼働データを取り出せるかを確かめます。データが取れないとAIベンダーに相談しても始められないためです。データが取れると分かってから、分析とAIの作成をAIベンダーと比べます。複数の会社が関わる場合は、社内の窓口を1人に決めておきます。
まずは、この記事の工程別の表のうち、記録が電子データで残っている工程に印を付けてみてください。印が付いた工程が、事例を当てはめやすい候補です。依頼先から提案書が届いたら、AI導入提案書を契約前に読み解く5つの視点で中身を確かめられます。
ここまで読んで、どの工程から始めるか、何を外部に任せるかを社内だけで決めるのは難しいと感じた方は、AI導入支援・DX支援をご覧ください。今の業務と実現したいことを伺い、優先するテーマと、AIに任せる処理・担当者が確認する内容を決めるところからお手伝いします。
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